自己啓発セミナーのトラウマその1

okoraretemoheiki

あめのんです

今日は28歳の頃に友達に誘われて行った自己啓発セミナーでの出来事をお話しします。心の奥にあった思いを思いっきり掘り下げていったときに自分がどう思っていたのかを知ることになりました。

5日間あるセミナーの約束

もう10年以上も前のことなのであまり詳細には覚えていませんがこのセミナーの後に死にたくなるほど苦しみました。親にも随分と心配をかけることになったので未だに親にはこのセミナーの話は口に出しません(笑)

 

通っていた先のエステティシャンの方に自己啓発セミナーに誘われて、なんとなく行きました。多分その人があまりにもポジティブだったので自分もそうなりたかったんだと思います。

 

そのセミナーは企業研修にも取り入れられているような類のもので会場はポートメッセ名古屋でした。セミナーでの約束は5日間毎日参加することという約束でした。お金払って行くのに5日間参加するのなんて当たり前じゃないかと思っていました。

 

ところが私は4日で脱落することになりました。なぜかはまた後でお話しします。そのセミナーではいろんなワークがあってその中の一つに心の奥に階段で階段で降りていくワークがありました。大事な人になんて声をかけますか?というような問いがあって、私は亡くなった父親に向かってこう言いました。

 

「生きていてくれさえすればよかった」と。

 

普段父親に対してそんな風に思っていたことはあまりなかったと思います。私の心の奥底に眠っていた気持ちにそんな思いがあったとは思わなかったので意外でした。

この言葉は今も何かあるとそう思うようにしています。大事な人には生きていてくれさえいればいい。

イライラすることがあっても自分の子供が生きていてくれるだけで充分だと思っています。

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親との和解

私の母は私の父が亡くなってから再婚したのですが、私は義理の父に対して「お父さん」と呼んだことはありませんでした。3日間セミナーに通ったことで私の中に両親への感謝の気持ちが芽生えました。亡くなった父親と義理の父と私には2人の父がいるということに気づいて感謝の気持ちでいっぱいになっていました。

 

三日目の夜に実家に行きました。初めて義理の父をお父さんと呼んで感謝の気持ちを伝えました。色々あったのでお互いに泣いて義父と抱き合いました。本当にセミナーを受けてよかったなと心の底から思っていました。私に起きた変化はストレスが皆無になり嫌いな人も一人もいなくなりました。苦手だった車の運転も全く嫌ではなくなりました。

それからのうつ病

4日目。昨日の出来事をセミナーの参加者の人に話したりしてその話をしながら自分も泣いていたし聞いてる相手の方もよかったねと泣いて話を聞いてくれました。ものすごく幸福な気持ちでいたのですが、帰ると実家に呼び出されて親が一変していました。何か私のあまりの変化に怖くなったみたいでした。

 

そのセミナーはどんどん次の参加者を誘ってくるようにいうので、その辺りもすごく親には心配になったようでした。

 

うちの娘ははこんな子じゃなかったと母が泣いて、私が洗脳されてしまったとそれから毎日泣くほどでした。

 

とにかく義父は私に外出禁止で携帯も変えて引っ越しをしてセミナーのメンバーと連絡を取るなと言われていました。引っ越しはさすがにしませんでしたが携帯は変えて連絡も取らないようにしました。私にはあまりの周りの急激な反対っぷりに何が起きたのかよくわからないくらいでした。

 

どんなに親が取り乱していても私が泣きもせずに感情的にもならずに冷静に話すことが余計に気味が悪いようでした。兄やら当時の彼やらみんなで大反対でそれはそれはもう炎上状態でした。

 

そしてそのセミナーの5日目に行くことはやめました。脱落する参加者は初日から他にも何人もいました。私がまさか5日間出られないとは思ってもいませんでしたがそこまでの反対を押し切って行くのはやめてしまいました。

 

そこから私は鬱病みたいになってしまうのですが続きはまた次回にします。読んでくださってありがとうございます。

 

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